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りっくん ランドに いってみた

2007/05/06 00:48

 

陸上自衛隊広報センター産經《さんけい》 新聞《しんぶん》に のって ゐたので、 陸上《りくじゃう》 自衛隊《じゑいたい》 朝霞《あさか》 駐屯地《ちゅうとんち》の 廣報《くゎうほう》 センターに いって みました。

「りっくん ランド」と いふのは、 廣報《くゎうほう》 センターの もう ひとつの なまへで、 をとこの マスコットの なまへが 「りっくん」と なって ゐるのと かかはりが ありさうです。
ちなみに、 をんなの マスコットの なまへは、 「あさかちゃん」ださうです。

けふと あしたは、 こどもの ひ フェアを やって ゐるさうで、 それならばと、 いって みる ことに しました。

たてものに はひり、 いりぐちの ところに ある うけつけと みやげやを とほりすぎた さきに、 ふたつの へやが あります。

みぎがはが、 イベント ホールで、 そこでは、 レンジャーに ついてや、 富士《ふじ》の ところでの 火砲《くゎはう》 (おほづつ、 大砲《たいはう》) の 演習《えんしふ》の さまの ビデオを ながして をりました。

ひだりがはの くろい ぬのが はられて ゐる いりぐちの さきが、 展示場《てんじぢゃう》です。

展示場《てんじぢゃう》に はひると、 まんなかに ヘリコプターが あり、 おくに 戰車《せんしゃ》が あります。

戰車《せんしゃ》の わきから 2階《かい》への きざはしの あたりでは、 陸上《りくじゃう》 自衛隊《じゑいたい》が イラクの サマーワに いった ときの ことが あつめられて をりました。

サマーワの 宿營地《しゅくえいち》の いりぐちに うつつに かかげて ゐた 看板《かんばん》が かざられて ゐて、 その よこに ならんで 寫眞《しゃしん》を とる ところに なって ゐたみたいです。

その さきは、 宿營地《しゅくえいち》の なかを まねた ものなのか、 秘密《ひみつ》 基地《ちき》のごとく なって をりました。

ほかにも、 サマーワでの はたらきざまに ついての 寫眞《しゃしん》や、 説明《せつめい》が かべに はるなど されて をりました。

こどもの ひ フェアは、 展示場《てんじぢゃう》を とほり ぬけた さきに ある にはで もよほされて をりました。

レンジャー 體験《たいけん》と して、 ロープ 訓練《くんれん》 體験《たいけん》を やったり、 乾《かん》パンを もらったり、 にもつを もって みたり する ところが あり、 また、 火器《くゎき》を もって みる ところ、 ヘリコプターの 操縦席《さうじゅうせき》に すわって みる ところなどが ありましたが、 もっとも ひとが ならんで ゐたのは、 高機動車《かうきどうしゃ》に のせて もらふ ところでした。

高機動車《かうきどうしゃ》に のせて もらふと いふのは、 ただ、 その あたりを ひとまはり する だけでは、 ありませんでした。

 みちのりの なかばに、 つちが むきだしの にはが あるのですが、 そこに あなを ほって でこぼこが しつらへられて ゐて、 その でこぼこを とほる ものですから、 くるまが がくんがくんと ゆれます。

また、 いくたびも こまはりを して くるまを ふりまはして くれます。

これは、 ちょっと した ジェット コースターみたいでした。

いきに とほり すぎた みやげや 「ARMY SHOP SAKURA」には、 かへりに よりました。

サバイバルの ための たべものや、 饅頭《まんぢゅう》、 迷彩《めいさい》がらの 服《ふく》などが うられて をりました。

いま、 もっとも うれて ゐる みやげものは、 防衛廳《ばうゑいちゃう》から 防衛省《ばうゑいしゃう》に なった 記念《きねん》の さくら 饅頭《まんぢゅう》ださうです。

おもてに おほきく 安倍《あべ》 さんが かかれて ゐて、 ふきだしの なかが 「日本の安全と未来を守ります!」と なって をります。

この さくら 饅頭《まんぢゅう》を かって たべて みた ところ、 かはに さくらの はっぱが ねりこまれて ゐて、 さくら もちを 饅頭《まんぢゅう》に した ものだと おもひました。

おもって ゐたよりも にぎはって おりました。

こどもの ひ フェアを やって ゐる ためか、 家族《かぞく》づれが おほく、 ちひさな こどもが めだって をりました。

おいも わかきも をとこも をんなも みな たのしんで ゐるみたいでした。

なかなか おもしろく、 また、 たのしめる ところだと おもひました。

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「孤立」でも かまふべきでは ない

2007/05/04 21:26

 

榊原《さかきばら》 英資《えいすけ》 さんに よれば、 きた 朝鮮《てうせん》の おこなひに ついての 6つの くにぐにの はなしあひにて わがくにだけが ほかの くにぐにから はなれて ゐると いふ ことですが、 それでも かまふべきでは ないと おもひます。

わがくにが はなしあひを けって こまるのは、 ほかの 5つの くにぐにでせう。

わがくにの ほかの 4つの くにぐにが はたして いくらの おかねを きた 朝鮮《てうせん》に だせるのでせうか。

いまのところ、 アメリカや 中國《ちゅうごく》は、 つれさられた ひとびとを とりもどしたい わがくにの たちばを わかって ゐると くちでは いって をりますので、 まったく なかまはづれと いふ わけでも ないでせう。


中國《ちゅうごく》との あひだの ことは、 わがくにからの おこなひが もとに なって ゐる わけでは ないので いかんとも しがたいでせう。

わがくにから 中國《ちゅうごく》に あたまを さげ ゆるしを こはなければ ならない ことは ありません。

アメリカと 中國《ちゅうごく》が ちかづいたからと いって おどろく ことが あるでせうか。

それを しって、 あわてて 中國《ちゅうごく》に すべてを ゆづって へつらふなどと いふ ことは、 まともな とりひきでは ありません。


東南《とうなん》 アジアでの ことに ついては、 よく わかりません。

ただ、 その あたりでの わがくにの たちばが、 中國《ちゅうごく》、 韓國《かんこく》に すこしづつ おびやかされつつ あって、 それに ついて はかりごとを たてなければ ならないのでせうが、 あまり せいて しそこなふ ことが あっても よくないでせう。

JBICを かへようと して ゐるのは、 ODAの やりかたが をかしくて、 うまく いかなく なって ゐたからでは なかったでせうか。

たみの 企業《きげふ》への ちからぞへを しっかり する ためにも、 ひととき わるく なったと しても、 かへるべき ところは かへるのが よいのでは ないでせうか。

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「美しい国」と 反戰 平和

2007/05/04 15:35

 

安倍《あべ》 さんの 「美しい国」(うつくしい くに)と、 ひだりがはの ひとびとの 反戰《はんせん》 平和《へいわ》は、 いづれも ひとつの かんがへかたに よって ひとびとの おこなひを そろへさせようと して ゐる ところが あって、 にて をります。

ひとくちに うつくしい くにと いっても、 うつくしさは ひと それぞれに ことなり ます。

ただ、 安倍《あべ》 さんが すすんで つかって ゐて、 みちびかうと して ゐる ことから、 その うつくしいとは、 さきの いくさの ころの かたくなな 儒教《じゅけう》のごとき ありさまだらうと おもへて しまひます。

これは、 安倍《あべ》 さんや その まはりの ひとびとが さう いふ かんがへを もって ゐると みえると いふ ことでも あります。

反戰《はんせん》 平和《へいわ》に しても、 これまでの いくさに かかはった ものだとか、 これからの いくさに つながる ものだと かれらが かんがへた ものごとは、 ただちに いくさに つながる わけでは なくても、 ささやかな ものまで とりのぞかうと します。

たとへば、 デイ サービス センターで おとしよりが 「同期《どうき》の 櫻《さくら》」と いふ 軍歌《ぐんか》を なつかしんで うたはうと した ところを やめさせたと いふ はなしが、 朝日《あさひ》 新聞《しんぶん》の 平成《へいせい》 17年《ねん》 12月《がつ》 5日《いつか》 東京版《とうきゃうばん》の 「声《こゑ》」の ところに のって ゐたみたいです。

また、 たたかふ ための そなへを すべて すてさり、 いかなる ことが あっても、 いかなる よのなかに なっても、 いくさが できない、 たたかへないと いふ ありさまは、 はたして 平和《へいわ》なのでせうか。

美しい国」や 反戰《はんせん》 平和《へいわ》と いふ ことばは、 きまりきって ゐて かちかちに かたまって ゐる かたを おもひおこさせ、 その かたに ひとびとを おしこめて しひようと して ゐると おもはせる ため、 いきぐるしさを おぼえます。

カテゴリ: 政治も  > 社会政策    フォルダ: かんがへ

 

「國防軍」に おぼえる をかしさ

2007/05/03 10:54

 

クルトタンク さんの 「防衛軍」に感じる違和感」 『クルトの葉隠な日々~iza営業所~ より。

何故「防衛軍」なのか。

何故、きちんと「国防軍」と明記しないのか。このような表現に何となく腫れものにさわるような印象を持ってしまうのは気のせいでしょうか。

なぜ、 「國防軍《こくばうぐん》」なのでせうか。

なぜ、 ただ 「軍《ぐん》」では いけないのでせうか。  
わざわざ、 「軍《ぐん》」の まへに いらない ことばを つける あらはしかたに なんとなく はれものに さはるがごとく おもへて しまふのは、 おもひすごしでせうか。

わがくにの なまへは、 「日本國《にっぽんこく》」 あるいは 「日本國《にほんこく》」で、 「日本《にっぽん》」 または 「日本《にほん》」と、 「國《こく》」の あひだに なにも はひりません。
そのごとくに ただ 「日本軍《にっぽんぐん》」か 「日本軍《にほんぐん》」だけで よいのでは ないでせうか。

「防衛軍《ばうゑいぐん》」も、 「國防軍《こくばうぐん》」も、 なにか ことばを つけて、 こころもちを やはらげようと して ゐる ことには かはり ありません。

もし、 さう したいならば、 おもひきって 「平和軍《へいわぐん》」に すべきでは ないでせうか。

カテゴリ: 政治も  > 社会政策    フォルダ: 憲法 - 9條

 

英語より 日本語を 日本語より やまと ことばを

2007/05/02 10:57

 

たしかに 英語《えいご》が できたら かってが よいのにと おもへる ことが まま あります。

こどもは、 しっかり 英語《えいご》が できて ほしいと いふ ねがひには うなづけます。

だからと いって、 こどもに 英語《えいご》だけを まなばせれば よいかと いふと さうでは ありません。

英語《えいご》が ははなる ことば (母語《ぼご》) では ない ひとが、 英語《えいご》を まなぶと いふ ことは、 その ひとの うちに ある ははなる ことばを いしずゑに して 英語《えいご》と いふ たてものを たてる ことに なります。

いしずゑが しっかり して ゐなければ、 その うへに たてものは たてられません。


それならば、 わがくにの おほくの ひとびとは、 日本語《にほんご》が ははなる ことばなので 日本語《にほんご》を しっかり まなばせようと いふ ことに なります。

ただ、 ひとくちに 日本語《にほんご》と いっても、 それは、 はたして まことの ははなる ことばなのでせうか。

日本語《にほんご》は、 カタカナ ことばが あり、 その したじきに、 漢字《かんじ》 ことばが あり、 さらに その もとゐには、 やまと ことばが あると いふ なりたちに なって をります。

また、 日本語《にほんご》は、 共通語《きょうつうご》と さと ことば (方言《はうげん》) に わかれます。

共通語《きょうつうご》は、 江戸《えど》の やまのての さと ことばを もとに して ゐるので、 さと ことばの ひとつと いへます。

いづれの さと ことばも、 いつの ころかに みやこで もちゐられて ゐた ことばが つたはって のこった ものが もとだらうと いはれて をりますので、 その みなもとは、 やまと ことばだと いへると かんがへられます※。

つまり、 日本語《にほんご》は、 やまと ことばと いふ もとゐの うへに たって ゐるのです。


さう かんがへますと、 わがくにの おほくの ひとびとの おほもとの ははなる ことばは、 やまと ことばだと いふ ことに なります。

いにしへからの うつりかはりも ふくめて、 やまと ことばを しっかりと まなぶべきでは ないかと かんがへます。

(かく いふ わたしは、 まなびたりませんが ……。)


※ みやこでは、 やまと ことばばかりでは なく、 漢字《かんじ》 ことばも おほく つかはれて ゐて、 たびたび つかはれた 漢字《かんじ》 ことばが、 つかはれる うちに やまと ことばと おなじく みなされると いふ ことも あります。  ただ、 さうは いっても、 おほくの おもな ことばや、 ことばの わくぐみの おほもとは、 やまと ことばでせう。

カテゴリ: 話題!  > 教育    フォルダ: ことば

 

こすてばは、 こどもの 人生を すくふ

2007/05/02 09:48

 

こどもを すてる ばを ととのへる ことは、 こどもの 人生《じんせい》を すくふ ところが あるのではと かんがへます。

そもそも、 こどもを すてようと する おやは、 まともでは ありません。

くらしに しろ、 こころに しろ、 まともな ありさまでは ないから こどもを すてようと するわけです。

そのごとき まともな さまでは ない おやに しひて こどもを そだてさせるのは、 むしろ こどもの 人生《じんせいを》を こはす ことに なるのでは ないかと かんがへます。

さう なるよりは、 すすんで こどもを すてさせて、 より まともな おやに そだてさせるのが よっぽど ましでは ないかと おもひます。

ちが つながって ゐないと いふ こころの しこりが のこるだらうと おもはれますが、 ちの つながりより、 こころの つながりこそ、 おほきく おもい ものでは ないかと かんがへます。


こすてばと いふ いりぐちを ととのへるなら、 その でぐちで ある、 まともな おやを さがす しくみを ととのへるべきだと かんがへます。

カテゴリ: 政治も  > 社会政策    フォルダ: おやこ

 

そしりは あまんじて うけるべき。  まつりごとを とる ものならば

2007/04/27 00:53

 

安倍《あべ》 さんが、 朝日《あさひ》 新聞《しんぶん》 つながりの 週刊誌《しうかんし》が かいた ものに ついて おこったとの ことですが、 たしかに その いかりは もっともかも しれません。

ですが、 まつりごとを とる ものならば、 たみからの そしりは、 あまんじて うけとり、 みづから いひかへしたり、 やりかへしたり するべきでは ないと おもひます。

いひかへしたり やりかへしたり するのは、 そしりを うけた ひとを ささへる たみが おこなふべき ことでは ないかと おもひます。

それが、 民主《みんしゅ》 主義《しゅぎ》の ためだと おもふからです。


たみが くにの まつりごとを おこなふ ぬしなので、 いま おこなはれて ゐる まつりごとや、 まつりごとを とって ゐる ものに ついて、 たみが いかにでも あげつらふ ことが できなければ ならないと おもふからです。

うそを いひふらしたり、 ただ わるぐちを いひつのる ものに むかっては、 まつりごとを とる もの みづからが なんらかの おこなひに でるべきでは なく、 たみの あひだで やりあふべきだと おもひます。


まつりごとを とる ものが たみから そしられるのは、 しごとの うちの ひとつです。

そしりを あまんじて うけることが、 まつりごとを とる ものと しての ほこりでは ないかと おもひます。

まつりごとを とる ものが たみからの そしりを うけて いかりを あらはに するのは、 みっともなくも おもへます。


朝日《あさひ》 新聞《しんぶん》に つながる ものどもなどの をかしな ものいひや、 うその いひふらしなどには、 まつりごとを とる ひとびとを かかはらせずに、 まつりごとを とらない われわれが われわれだけで たちむかふべきだと おもひます。

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ほかの ほしの いきものは どんなだらう

2007/04/26 07:53

 

なにやら、 わが ほし (地球《ちきう》) に にた ほしが、 おひさま つながり (太陽系《たいやうけい》) の そとに みつかったとの ことです。

いきものが みつかったら おもしろさうですね。

どんな いきものなのでせうか。

われわれよりも すすんだ ひとびと (?) が くらして ゐるのでせうか。

それとも、 文明《ぶんめい》の ない いきものしか ゐないのでせうか。

微生物《びせいぶつ》だけかも しれません。


わが ほしの ほかにも、 いきものが やまさは すむ ほしが ある はずです。

みつかったら いいなあと おもひます。

(でも、 へたを すると いくさに なるのでせうか?)

カテゴリ: 話題!  > 宇宙と科学    フォルダ: ざれごと

織原 城二 さん、 ルーシー さんを ころした つみには ならず

2007/04/25 00:09

 

織原《おばら》 城二《じゃうじ》 さんが とはれて ゐる つみの うち、 ルーシー さんの ものに ついては、 とはないとの さばきが くだったとの ことに ついて、 こころぐるしいですが、 やむを えません。


たしかな あかしが ないのに ありさまから おしはかれると いふだけで、 とがめが くだされる ことは、 あっては なりません(※)。


ルーシー さん、 ほかの わざはひを かうむって なくなられた かたがたに ついて おくやみ まうしあげます。



※ さきの おほいくさで まけた わがくにが とがめを うけた 東京《とうきゃう》 裁判《さいばん》の うたがはしさからも さう おもひます。



はなしが かはりますが、 あんまり、 朝鮮人《てうせんじん》だ、 韓國人《かんこくじん》だと いひつのるのは、 どうだらうかと おもひます。


へたを すると、 『「日本人が犯人」に反発 銃乱射で日韓「掲示板バトル」』 (J-CAST) などでの いくらかの をかしな 韓國人《かんこくじん》と おなじ ことに なって はぢを かいて しまふのでは ないでせうか。


(わたしが、 はぢを かくのを おそれすぎて ゐるのかも しれませんが。)

カテゴリ: 政治も    フォルダ: 指定なし

たたかへない あらそへない

2007/04/23 09:01

 

ほかの ひとの やる ことに くちだし するのは こはいです。

それも わたしに たたかふ こころが ない ためなのでせう。

よのなかに ひとの やる ことに くちだし しないと いふ かんがへかたが ひろまり、 ふかく ねづいて ゐると いふ ところが あるからかも しれません。

しごとが あるから、 しごとを まもって くらしを まもらなくては ならないから、 通勤《つうきん》の ときに いらない ことに てを だして、 いらない ことに まきこまれない ために さけると いふ ことも あります。


たたかふ ためには、 たたかひに はひっても こまらない ゆとりか、 ひごろの くらしの ことを わすれられる かんがへかたが いるのかも しれません。

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