<< 2007年01月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031

NHKは DJ OZMAを まもるべき、 かつ、 國營《こくえい》と いふべき

2007/01/13 00:27

 

NHKは、 あやまる ときに しらなかったなどと いひのがれし、 せめを DJ OZMAに なすりつけるべきでは なかったと おもひます。

NHKは あらかじめ DJ  OZMAの 藝風《げいふう》を よく しって おき、 もし、 それが みとめられないならば DJ OZMAに たのんでは いけなかったと おもひます。

また、 DJ OZMAの 藝風《げいふう》を よく しらずに たのんで おいて、 みとめられない おこなひを されたならば、 それは、 すべて たのんだ NHKが わるかったと いふ ことだけだと おもひます。

ただ、 わたしは、 紅白《こうはく》での DJ OZMAの おこなひに ついて、 NHKは、 いくらかの ひとびとが こころよく おもはなかった ことに わびつつも、 DJ OZMAを まもらうと するべきだったのでは ないかと おもひます。

苦情《くじゃう》の かずは、 おほさわぎ するほど おほく ない みたいですし。
(わたしが きいた かぎりでは、 いまのところ 1500件《けん》くらゐだったと おもひますが、 格鬪技《かくとうぎ》の しあひに ついての 苦情《くじゃう》が いく萬件《まんけん》かに のぼるのに くらべると すくないと おもひます。)


NHKの 料金《れうきん》に ついて、 つひに、 はらはなければ ならないと のり (法律《はふりつ》) で しめされる ことに なりさうだとの ことですが、 それならば、 はっきりと 國營《こくえい》 放送《はうそう》に なるべきだと おもひます。

もし、 NHKが 公共《こうきょう》 放送《はうそう》で ありたいなら、 おかねは すべて 寄付《きふ》で まかなひ、 NHKが つくった ものは すべて 自由《じいう》に つかへる かたちに するべきだと おもひます。

カテゴリ: 政治も  > 社会政策    フォルダ: かんがへ

 

日本海《にほんかい》の なまへ

2007/01/10 00:37

 

日本海《にほんかい》は 日本海《にほんかい》と よぶのが わかりやすくて よいと おもひます。
なまへだけで 日本《にっぽん》 列島《れったう》の あたりの うみだと ぱっと おもひ うかべられます。


東海《とうかい》では、 あまりに ひろすぎる なまへです。
また、 韓國《かんこく》がはの こころねの あまり よくない ところが すけて みえて くるみたいで こころよく ないと いふ ことも あります。

あたらしく となへられた 平和k《へいわ》の うみでは、 ますます どこなのか わからなく なるばかりか、 その ほかの うみが 平和《へいわ》では ないみたいで あまり よろしく ないと おもひます。


日本海《にほんかい》では 日本國《にっぽんこく》の うみみたいで いやだと いふ ことで、 あへて かへると するなら、 日本《にっぽん》 列島《れったう》 海《かい》が よいのでは ないかと おもひました。


(さう いへば、 とある 作品《さくひん》では、 東亜《とうあ》 地中海《ちちゅうかい》などと よんで をりましたが ……。)

カテゴリ: 政治も  > 外交    フォルダ: ざれごと

 

まなびやを いかに かへるか かんがへて みました

2007/01/09 22:42

 

ほとんどの おほやけの まなびや (公立《こうりつ》 學校《がくかう》) を 全寮制《ぜんれうせい》に するか、 すくなくとも 寮《れう》を そなへる ことに するのが よいのでは ないかと おもひました。

おやが のぞめば、 こどもを 寮《れう》に いれる ことが できると ともに、 をかしな おやが みつかったら、 こどもを ひきはなして 寮《れう》に いれる ことに すると いふのが よいと おもひます。
いへで しつけられないなら、 寮《れう》で しつけてしまはうと いふ ことです。

一部《いちぶ》の こどもたちだけが 寮《れう》に はひると いふ ことだと、 いぢめの もとに なったり、 こどもを ひきはなされた おやが 納得《なっとく》 しなかったりなどと いふ ことも かんがへられる ため、 全寮制《ぜんれうせい》と いふ ことも かんがへに いれるのが よいかと おもひました。

ただし、 寮《れう》の なかで をかしな ことが おこなはれて ゐないか みはる ことや、 こどもの みを まもる ための しくみも かんがへて おかなければ かへって よく ない ことに なる ことでせう。


また、 おなじ くみの こどもたちに おなじ ときに おなじく をしへるのを やめて、 こども ひとりひとりの わかる はやさに あはせて をしへる かたちに するのが よいのでは ないかと おもひます。

その かたちに した うへで、 なつ やすみや ふゆ やすみと いった きまった ながい やすみを やめて、 ひとつの としに やすむべき ひの かずだけを さだめて おき、 おやや こどもが ほっする ひに やすみを とる かたちに して しまふのは どうでせうか。


そして、 ひとつの くみを おなじ 學年《がくねん》で そろへずに、 できるだけ すべての 學年《がくねん》を ふくんだ かたちにして、 としの ちがふ こどもとも かかはりあはせては いかがでせうか。


これらを すべて やると すると、 (とりわけ ひとつめで) おかねが ものすごく かかって しまふのでは ないかと おそろしく なって きますが ……。
ときも ながく かかる ことでせう。

カテゴリ: 政治も  > 社会政策    フォルダ: かんがへ

 

おほがた タンカーと 原潜《げんせん》が ぶつかった こと

2007/01/09 22:16

 

わがくにの おほがた タンカーと アメリカの 原子力《げんしりょく》 潜水艦《せんすいかん》が ぶつかったとの ことですが、 かう いふ ときの うごきかたに よっても くにを まもる こころざしが とはれるのだと おもひます。

おこった ことを くはしく たしかめるのに ときが かかって ゐるのでは ないかと おもへますが、 どうなのでせうか。

タンカーの なかみが もれて ゐないかや、 原子力《げんしりょく》 機關《きくゎん》が こはれて ゐないか、 のって ゐた ひとびとの ことが こころがかりです。

また、 「政府のどこに最初に(情報が)入ったか正確なところは承知していない」 (記事《きじ》より) と いふ ありさまも すこし こころがかりです。

カテゴリ: 政治も  > 外交    フォルダ: ざれごと

 

かへって うたがはせる CM

2007/01/09 21:33

 

ちかごろ あやしい CMが めに ついて をりました。
パワー フォー リビングの CMです。

デモス 財團《ざいだん》と いふ ところが ながさせて ゐる CMですが、 カルトっぽく おもへて しかたがありません。
まさしく、 かう いふ CMには ひっかからない ことを こころして おかうと おもはせる CMでした。

デモス 財團《ざいだん》の まことの すがたを しらないので、 あまり わるく いふのは よく ないと おもひますが、 どうにも うたがって かまへて しまひます。

カテゴリ: 話題!  > 話のタネ    フォルダ: ざれごと

こどもを へらして みては?

2007/01/06 10:18

 

気象《きしゃう》に ついて、 ひとは まだ ほとんど ときあかす ことが できて をりません。

ですから、 ちかごろ なにか をかしな ことが つづいて ゐると おもへて ゐても、 はたして それが、 2酸化《さんくゎ》 炭素《たんそ》が ふえた ことに よる 温室《をんしつ》 効果《かうくゎ》からの ものなのか、 ほかの ことが もとに なって ゐるのかは、 はっきり わからないのでは ないでせうか。


ただし、 ひとつ いへる ことは、 ひとが ふえると、 それだけ 地球《ちきう》 環境《くゎんきゃう》に とって よく ない ことが ふえるだらうと いふ ことでは ないでせうか。

經濟《けいざい》の ために こどもを ふやさうとか、 をんなの ひとの ための よのなかを つくらうと して、 「こどもを ふやさう。  その ためには どうの かうの ……」とか、 よく いはれますが、 ひとの かずは、 地球《ちきう》 環境《くゎんきゃう》にも かかはりが ある ことなので、 もっと おもく かんがへるべきでは ないかと おもひます。

カテゴリ: 政治も  > 社会政策    フォルダ: かんがへ

 

大企業《だいきげふ》の おかねも たみの おかね

2007/01/05 10:48

 

ちから (税《せい》) を どう とるかの あげつらひの ときに、 ひとびとから とるな、 おほきい 企業《きげふ》から とれと、 よく みみに しますが、 わたしには、 どちらから とっても おなじに おもへて しまひます。

おほきい 企業《きげふ》は、 それだけ おほくの たみが はたらいて をります。
また、 なかほどや ちいさい 企業《きげふ》は、 おほきい 企業《きげふ》から しごとを うけおふ ことで、 あきなひを なりたたせて ゐる ところが おほいのでは ないでせうか。

おほきい 企業《きげふ》から ちから (税《せい》) を とれば、 それだけ おほくの たみに はらはれる はずの おかねが へるでせう。
おほきい 企業《きげふ》から しごとを うけおふ なかほどや ちいさい 企業《きげふ》は、 しごとを へらされるか、 かはりの おかね (代金《だいきん》) を へらされるか するでせう。

さう して、 おほきい 企業《きげふ》に かかはる ひとびとの おかねが へると、 それだけ おほきい 企業《きげふ》 あひてでは なくて ひとびとを あひてに した あきなひを して ゐる ところに はらはれる おかねが へる ことに なるでせう。

めぐり めぐって、 つまりは、 ひとびとから ちから (税《せい》) を とるのと かはり ないと いふ ことに なるのでは ないかと おもひます。


それから すると、 ひとびとから とらないで おほきい 企業《きげふ》から とれと いって ゐるのは、 たみの みかたを して ゐると いふより、 とりやすい ところから とれと いって ゐるだけ、 あるいは、 とりあへず おほきい 企業《きげふ》に かかはる ひとびとを いぢめて、 その ほかの ひとびとの うけを よく したいだけだと とらへる ことが できるのでは ないでせうか。

カテゴリ: 政治も  > 経済政策    フォルダ: かんがへ

 

はじめは うけるしか ないのでは

2007/01/04 16:53

 

あひての くにからの はじめの てを うけて、 わがくにの たみの いくらかを みごろしに するしか ないのでは ないかと おもひます。

さうで なければ、 なぜ わがくにが うって でなければ ならないのか わからない ひとびとが わがくにには おほいのでは ないでせうか。
その ため、 わがくにから うって でた ばあひに ちからが はひらずに、 わがくにが まけて しまふのでは ないかと おもひます。

また、 はじめに あひてからのを うけるのか、 わがくにから うって でるのかに かかはらず、 みやこに 核兵器《かくへいき》などを おとされたら おしまひでは いけないと いふ ことに かはりは ないと おもひます。

いづれに しても、 みやこに 核兵器《かくへいき》などを おとされたら どう なるか、 その ばあひには、 どのごとく うごくべきかなど、 しっかり かんがへて おかなければ ならないでせう。

そして、 ひとびとは、 そのごとき ことや、 その ほかにも なにかが あった ときの ための そなへを して おくべきでせう。


(と、 かいて ゐる ひまが あるなら、 わたしの そなへを しっかり しないと いけませんね。
まづは、 民間《みんかん》 防衛《ばうゑい》の よみものを かって ……)

カテゴリ: 政治も    フォルダ: かんがへ

 

安倍《あべ》 さんは、 よく ない たか

2007/01/04 16:10

 

たかがはで ある ことを よしと かんがへるなら、 安倍《あべ》 さんは、 よく ない たかなのかも しれません。

總理《そうり》 大臣《だいじん》に なってから、 ことばが はっきり せずに、 あやふやさが かなり めだだって みえます。
いろいろと よわごしに でて ゐて、 まはりを みすぎて ゐると とれます。


もし、 はとがはで ある ことを よしと かんがへるなら、 よい たかだと いへるのでは、 ないでせうか。

なにせ、 はとがはの ひとびとが なかなほり しろと くち うるさく いって ゐた 中國《ちゅうごく》や 韓國《かんこく》に ついて、 中國《ちゅうごく》とは なかなほり しましたし、 また、 韓國《かんこく》は かれの おくさんが すきな くになので なかなほり しようと して ゐるでせうから。

いや、 むしろ、 はとがはに よって ゐて せめにくいのに たかがはで あることが よく ないのかも しれません。

カテゴリ: 政治も  > 政局    フォルダ: ざれごと

紅白《こうはく》と ひとびとの つながり

2007/01/03 14:57

 

いつもの としは、 NHKの 紅白《こうはく》 うた合戰《がっせん》は みないのですが、 ことしは なぜか みて をりました。

みて ゐると DJ OZMA さんの うたの ときに うしろの おどりこたちが、 うへに きて ゐた ものを ぬぎました。
ひとめ みると はだかかと みえましたが、 すこし をかしいので めを こらすと はだかに みえる ころもを みに つけて をりました。

これは、 はしたないです。

しかし、 あらためて おもひますと、 これくらゐの いたづらが ゆるされずに なにが 自由《じいう》かとも いへるのでは ないかと おもひました。

こどもには みせられない ものですが、 紅白《こうはく》は よる おそくまで やって をりますので、 そもそも おとなの ための みせものだとも かんがへられます。

紅白《こうはく》は、 としよりには わかものの うたを しひ、 わかものには としよりの うたを しひて ゐると いへます。
ですが、 そもそも うつつと いふ ものが、 そのごとき ものでは ないでせうか。

うつつは、 おのれが きらふ ものを しひて きます。
ひとびとが それに たへられなく なって きた ことで、 家族《かぞく》などの ひとと ひとの つながりが こはれて きて、 そこから、 いぢめが ふえたり、 くにを いとしむ ことが できずに、 靖國《やすくに》を おとしめ、 ひのまるを そしり、 きみがよを けなし、 皇室《くゎうしつ》を あざわらふなど したりと いふ ことに つながって きて ゐるのでは ないかとも おもひます。

カテゴリ: エンタメ  > テレビ    フォルダ: かんがへ